昭和四十六年六月十七日 朝の御理解
X御理解第五十三節
信心すれば、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者じゃ。
信心しておかげを受ける、これは大変に巾の広い言葉だと思う。信心しておかげを受ける、その巾が広いと言うか深いと言うか、そこのところにおかげを、とこういう全部おかげだと分からせて貰う、もうそれは分からせて貰うと言うことよりも悟らして貰う事だと思う。そこに飜然とわからせて貰うたところに、あれもおかげ之もおかげと言う本当のおかげの世界に住む事が出来る。目に見えるとか見えないとかではない、丸とそのままがおかげであると、ですから大変な信心者としては難しい事であります、それが分かると言うことは。
そこでどうでありましょうか、その本当にすべてがおかげであると言う事をです、本当であるか本当でないかと言うことを確かめる前にですね、確かめたりする前に、それを確かめると言うことは大変な時間のかかる事でありましょうし、大変な勉強をせなければならない事だと思うのです。いうならば本当の信者じゃと仰しゃる本当の信者になると言うことは大変な事だと思うのです。目に見えるおかげより見えぬおかげの方が多い、知ったおかげより知らぬおかげが多い、後で考えて見てあれがおかげであった、そのおかげであったと言う事をです分かると言うこと、之も大変な深い広い、私ども日常生活をさして頂いて、しかも信心させて頂いて起きて来ること、起きて来ないこともうすべてなんです。良い事が起きて来るとか悪い事が起きて来るとか、だから起きて来ること起きてこないことその総てがおかげである、それが分かる様になれば本当の信者である。
ですからその本当の信者である事は、もう大変な体験と言うか勉強というか、をさして貰いを分からせて貰わなければ、本当の信者になれない訳ですけれども、私はここのところをですね、もう本当の信者になったつもりでね、本当の信者になったつもりで、あれもおかげであった、これもおかげであったと総てがおかげと、此方の道は有り難い有り難いで開けた道じゃからと仰しゃる、有り難い事では苦労はさせんと、ですからそういう事になって来る。まあそれは困った事だなとお願いをして、然もお取次ぎを頂いて起きて来たこと、それは右、左は例えば右と願っておっても左となっておっても、ああそれはおかげだとまあ言えれる信心、あれもおかげ、これもおかげと、そこからですねもう実に霊妙不可思議な働きが起きて来ると言うか、それが何がおかげかと、それは反対の事じゃないかと、おかげと言うのは人間に都合のよい事だけがおかげじゃないかと、例えば理屈を言わずにそれをおかげと頂いていく、まあ形の上では本当の信者になって来たわけです。
私どもが信心の素晴らしいと言うことはね、私どもがそうは成れなくとも、そうなろうと心掛けさせて頂くと言うこと、そういう修行は出来んでも、そういう修行させて頂こうと精進させて頂くと言うこと、もうそれで修行した事として受けて下さると言うこと、分かっとらんでも分かった事として下さると言うこと、之々の事を分からなければ、之えの事をしなければおかげにならんと言う事ではない事実は、皆さんが一番御承知の通りだと思うのです。
だからそういう処を、神様も甘いなと言った様に、考え方で非常にそこを割り切った考え方する人があります、けども決して甘いのじゃない、もう氏子がそういう例えば十なら十のことして終わねばじゃなくて、もうその十のことを一つ宛てでも二っ宛てでも、本気でやらして頂こうと言う気になった時には、もうおかげの印しは見えている、それが信心、その様に神様は寛大なんです。ですからここんところをですね、本当の信者になる事は大変なんでしょうけれども、本気で本当の信者になろうとこういう気持ちなのです。
そこで手始めとして、あれもおかげ之もおかげと分からないけれども、おかげとして受けて行こうとこう言う、そういう気になると言うこと、一切をおかげおかげで受けて行こう、此方の道は有り難い有り難いで開けた道じゃから、有り難いでは苦労はさせんと言う、そこにそういう事証を見せて下さる。実を言うと本当におかげと言う、私から見るとおかげだなあと思うておっても、一っもおかげと思っていない、折角下さるのならも少し垢抜けのしたおかげ下されば良いのに、と言う風にしか思っていない、ですから何時までたってもおかげが垢抜けして来ん。
今日私御神前でね、「住」と言う字を頂いた。住吉神社の住と言う字ですね、住宅の住にもなりますか、そして経典からはこの五十三節を頂いとる訳です。だから之はどう言う事かというと人が主と言う事ですね、人間が中心と言うことです、いうならば氏子中心と言うことです、まあそういう風に頂いたんです。立教神伝にありますね、親の事は子が頼み子の事は親が頼む、あいよかけよで立ち行くと、氏子繁昌致し末々親にかかり子にかかり、あいよかけよで立ち行くと、あいよかけよで立ち行くとはどういう事だろうか、親の事を少しばかりお手伝いをする、子の事を親が少しばかり面倒を見てやる、之では本当の立ち行きにはならないと思うね。どっちもが矢張り不満であり不足である、ほんなもう言うた事だけ少しばかりする、例えば親が一っの事を頼むと、それこそ二っの事も三っの事もさして貰う、いうなら痒いところに手の届く様な行き方になる、そこんところに親はまた子の為に痒いところに手が届く様に、おかげを下さろうとする働きがある。氏子助かってくれという神の願いが、私どもが本気で助かろうと言う気になる、そこからいわゆるお道の信心が誕生した所以とでも申しましょうか、神も助かり氏子も立ち行くと言うおかげです。神様の願いである、そこで神様は切に氏子助かってくれと言う事になられる。そこで私どもも又、神様に助かって貰はなければならない、子の事は親が頼み親の事は子がたのむ頼み合う。
昨夜、善導寺の原さんところの宅祭りでございました。もう本当に大変賑やかなお祭りでした。子供達が四名ですが、娘さん達が三人それに庄一郎さん、それが皆縁についたり妻帯したり、子供さんが二人三人皆がある。それも嫁入っとる娘達はみな主人も子供も連れて一緒にお参りをしておる、内にも未だわからん子ばっかりが二人ですから丁度一様ばっかり位の子供がとにかく沢山ですから、もうその賑やかな事賑やかな事、それに狭いお家ですからもう本当に賑やかな事、お祭りちゅうものもとにかく賑やかである、本当に賑やかなお祭りであった。けれども、この子供達が例えばおじいちゃん、おばあちゃんの信心を子供達がうけて、その子供の親の信心をその子達が受け継いでおかげを頂く頃になったら、それこそ本当の意味に於いての賑やかな信心、賑やかなおかげが受けられるであろうと思わして貰う。皆小さい子供でも皆ちやんともう玉串の上げ方位は覚えておる、そういう中にお祭りを奉仕させて頂いてから、昨日私そういう表現でこれは初めて頂いたのですけど、皆さんがお祭りを仕える、お供えをあれやら之やらと心をこめて調え集めて見える訳ですが、その中心になるものはどういう事かと言うと、海山川の種々のものであって、海山川のと言うのが中心になるのである。 海のもの、山のもの、それに川のものと言う、しかもそれは種々の天地のお恵み御恩恵に依って出来たり、成ったりしたものを、神様にそれこそうず高くお供えさして頂いてお祭りを奉仕する、そういう行き届いたお祭りをさして貰うと言うことは、私どもも矢張りそういう行き届いたおかげをね頂きたいから、その様に教えられておるのです。海のものはあるけれども山のものがない、お金はあるけれども健康でない、健康であるけれどもお金がない、いや人間関係で苦しんでおると言うこと、いうならば足ろうたおかげと言うのでないおかげであっては、つまらん事である。つまらんと言うても信心させて頂いて、金銭に不自由しとる人は金銭の事は願う、不健康の人は健康を願う、そういうおかげから始まって信心の事がわかる様になって、いわゆる神様も私どもも足ろうたおかげを受けたい、また渡したいと言うおかげがはじまる。そういう私は状態が合楽の御信者さんの状態ではなかろうかと言う風に、まあお話をしたことです。
昨日丁度、善導寺から迎えに来る一寸前に、久留米の緒方病院の奥さんが熱心にああしてお参りになります。もう本当に願えば願い通り今日までおかげを受けて来た、嫁に行かれて七、八年子供ができない、そこからお願いに見えて次々と息子さん二人のお恵みを頂かれた。それからが信心の始まり、里の方が金光様の御信心をなさる、萩の山口と言う洋品店です。この山口さんのお宅も本当に願い通りおかげ頂く、ところが昨日私が山口さんのお届けを聞かせて頂いてから、それを感じたのですけど、例えばもう吉井でこの位はやる病院は無いと言うくらいに流行っておったのに、神様がどうしても久留米に出たがよかと言うことであった。けどもそういう御神意を頂いとるのですけども、三年余りはぐずぐずしてあったけれども、先生がその気になられたら、もうまたたく間に今の荘島の緒方病院が出来ます。実に順調におかげ頂いて、今はまた患者さんが去年以上に多いと言う位におかげ頂いておる。吉井の方も他のお医者さんを雇われて矢張りやっとられます。
いうならば、願い通りに仕事の上にもおかげを頂いていきよる。子供さんも出来ん筈のものが出来る程しのおかげ頂いて、信心のないその姑親に当たられるそのお母さんが、もう本当に之は金光様のおかげと言うて一生懸命参拝される程しであった。それから信心なさいませんけれども、結局嫁である緒方さんがお参りされるだけである。だからねお互いの信心でも矢張りそういうところから皆始まっているのですよ。お願いをしておかげを頂いて、成る程おかげを頂くなあ矢張り、おかげだなあと言うところから信心が始まる。
この緒方さん、里の山口さん、そこんにきは余りはっきりしているから、一っの例として話をしているのてすけども、お商売のこと、それから息子さん娘さんのこと、五、六人おられましたが、もう一人一人が素晴らしいところに、願ったり適ったりと言うところに縁につかれたり、もう全部おかげを頂いてしまわれた。もうこれから先は言う事ないごとある。ところが緒方さんのお医者さんの方から見られてから、お医者さんの見立てではです、之はもう絶対治らないという病気を、最近そういう病気を受けておられる。リューマチという病気である。里の母が非常に可愛想だ気の毒だという訳です。もう本当に合楽に御縁を頂かれて十何年になりましょうか、どういう様な御都合だったでしょうか知らんが、善導寺の原さんがお参りになっとる時に、先生今日は山口呉服店いうて頂きましたと、もう全然関係のないこと、当時の椛目にはほんに山口呉服店ちゃ、確かに大きな呉服屋さんがあったけどね、どういう意味じゃろうかと言いよる内にですね、参って来たのが萩の山口さんでした。
それが山口呉服店の弟の嫁さんでした。あら、今あそこに参っておられる原さんと言う方が、お宅山口呉服店と言いなさったが、あなたが参って来よんなさったからでしょう、という様に何かこう受けて待っとられると言った様なものがあったんですよね、山口呉服店もそれは熱心な信心をなさったお家なんですけど、そういう何かもう親たちが残して居られる信心が、もうちよっとどうかすればおかげ受けられる様な熟し切ったのがあったのじゃないでしょうか。まあそれからと言うものは願えば願う通りにおかげを受けて行かれる、だからお参りをしてきてお願いをして、御理解も頂かずに帰られると言った様なお参りの仕方だけれどもおかげを頂かれる、そして十何年間あれも成就した、これも成就した、こげん家もおかげ頂きよるけん、あんたもいっちょ椛目におかげ頂きなさいと言うて、その嫁さんに子供が出来ないからお導きしたのがその緒方さんである。緒方さんもその様にしておかげ受けた。その時もですね参って来られる度に、当時荒木の方におりました矢張り緒方さんと言うて、鳥栖の上野さんの娘が嫁入っとるところです、ここも嫁入ってから子供の出来んので子供のおかげ頂いたと言う家なのである。めったに参って来んのに参って来る度に一緒になるのですよ。
だから、緒方さんこれは絶対おかげになるよ、と言いよったら本当におかげ頂いてから息子が生まれた。又一年二年おいて二つ違いですか又息子が生まれた、二人続けて息子が生まれた訳ですよ。という風におかげを頂いて、それから今度は病院、お仕事のこと、吉井からずーっと参って見えよったのが、久留米に移られてあんな立派な病院作られた。しかも置いたもの取る様にと言うと余り何ですけども、本当に神様のおかげと思わなければ居られぬ程しにですね、次々とおかげ頂かれる。一番最後には駐車場がないと言われたがね、ほんの隣があいたのですからね、ああいう雑華なところが、しかもそれは大変な好都合の中にそこも手に入れる事が出来た。まあ金光様の信心ちゃ有り難いこげんおかげが頂かれると言う、まあ言うならば、おじいさん、おばあさん達の信心の徳が残っとったと言うか、機が熟しておったと言うか、と言う事もありましょうね。もうそもそもからそういうおかげでした。
ところがさあ十何年たって見てです、あれも成就、これも成就したところになったところにです、山口さんの方はリューマチと言う、医者から言うたらもう治らんと言う病気にかかった、今はもうあっちこっちに迷われるして迷うて居られるのが、山口さんのお母さん、まあここに参って来るけれど。ところがその緒方さんの方もそう、それはもう本当に、どれだけ働いてもどれだけ繁昌してもです、兄弟達がおられましてね先生の、もうどれだけお金をかけてやっても、泥田圃に金を捨てる様な結果になる事がこの頃起きておる次々と、いかに足ろうたかに見えたところが、実際は足ろうていなかったと言うことです。
ところがこの合楽の中心と言う方たち、毎朝朝参りして来られる方達の事を言うと、いうなら合楽に御縁を頂いて十年十五年二十年と、続いて居られる方達ばっかりですけど、その様に鮮やかにおかげは受けないにしても、皆が何とはなしに育って行きよると言った感じ、足ろうたおかげの芽が出よると言った感じなんです。それと原さんところを取らして頂くとそうなんです。まあその時その時にです、例えば今度のお宅祭りを仕えるにしてもです、もうそれこそ願いに願い、願いこんでから万事お繰合わせ頂いて、あの様な神ながらと言う言葉で言うてよいけれども、いうなら、ほんとぎりぎりやっとかっと出来たと言う感じ。日々の生活の上に於いてもそうである。ところが子供と言う子供は全部お道の信心さして頂く様になった、その連れ合いまでが皆信心になろうかとしておる。孫達にもその信心が伝わって、いうなら海山川の信心が段々身について行きよる、海の信心とは限りなく大きく豊かになろうと言うことです。 山の信心とは本気で、今日一番始めに申します様に、本気で修行させて頂こうと言う信心、もうこれは頂いたり、時々参ろうと言ったものじゃない、このおかげを頂いたら一生私どもは夫婦が信心を離すような事は致しませんと、言うのが原さんの信心ですから、これは神様に約束してある、そういう信心が育って行きよる。四人の子供達がしっかり信心をするようになった、その連れ合いまでも信心になろうとしておる。小さい孫達は尚更のこと、未だわけは分からんなりにさあお神様と言うたら先に立ってくると言う様に、小さいながら玉串の上げ方も知っておる様に段々おかげを頂いて、どういうおかげを頂いても、おじいさんがおかげねと言えば、おばあさんも本当におかげちゃ有り難いですねと言う、息子も有り難いと言えば嫁も本当に信心ちゃ有り難いですねと、もう言えれる一寸手前まで来とると言うこと。そこのところの信心が出来た時にです、下さるおかげが私は足ろうたおかげだと思います。そして私の大坪の家の事を例にとって、話させて頂いた事がありました。私を中心にする信心、それに家内が一生懸命、両親が一生懸命、兄弟が一生懸命、もう本当におかげおかげと言わなければ居られない程しの私どもの信心内容です。
どういう様な場合であっても、おかげと言える信心、ああおかげ頂いたといえれる信心、いわば本当の信者、真の信者としてはです、厳密に言えば出来ていないでしょうけれども、真の信者としてのそれが出来てきた、その間にです、海山川と言うような信心修行の中に、あれもおかげ、これもおかげ、神様の御都合に違いないよと言うて、一家中の者が言えれるおかげ、一人でも何がそれがおかげか、と言う者が居なくなって来た。おかげ頂いてから、そのおかげの為に堕落して行くと言うものが一人も居ない、おかげを受ければ受けるほど、いよいよ神様へ向けて行く心が強うなって行くと言うのが、見極められて行くところから、本当の意味に於いてのおかげが頂けて来た。神様はそれを本当の信者じゃとして、じゃなくても認めて下さった。有り難い有り難いすべてを有り難いと言えれる、そしておかげ受けたからと言うて、もう時々で良かたいと言うのでなくて益々、その信心が強うなって行くところへ、真の信者としてのお取立て、じゃなくても真の信者として、真のおかげを下さろうと言う様になって来た。
けども只今、緒方病院の例をとりましたように、そういうおかげを頂いて、本当に奥さんも言うとられますが、私はその緒方に嫁入るときに、おばあちゃんやらお母さん、お父さんから信心だけは忘れるなと言われとったけれども、その信心を行ったところが、ありませんから中絶してしまっとったのが、何年たっても子供が出来ん、そこから又お願いするなら金光様と言うて、当時の椛目にお参りさせて頂いて、親が信心を残して置いてくれておった事が有り難い、だからその信心を主人にも、親にも、子供にも伝わって行く程しの信心を、これから緒方さんに求められるなら、山口さんに求められるなあと言う事が言えるわけです。だから間違いのない神様の働きと言うものを分からせて頂く、それだからそれが足ろうたおかげと言う事じゃない、けれども足ろうたおかげを頂かなければ、今の合楽の皆さんの様な場合は、皆さんの場合は足ろうたおかげがもう頂け様としておる、そういう芽が出よる、之をいよいよ育てなければならない。
原さんところで言うならば、娘の婿達も息子の嫁達も、本当にお母さん、あなた方が毎日お参りをして頂くおかげで、本当におかげ頂きますねえと、言えれるところ迄もうすぐそこに来とる、反対はしよらん、参れちゃ参る、さあお祭りぞと言えば一生懸命になって御用をする。そこまでは行っている。ですから、おかげを頂いてもおかげを落とさんで済むところまで、どの様な場合であってもおかげですねえと、例えばそれに同調出来るところ迄おかげを頂く時、私は本当の信者として認められ本当のおかげが、いうなら本当のおかげとは足ろたおかげ、一切が足ろうたおかげそこからです、あれもおかげであった、これもおかげであったと、本当の意味でわかる様にならして貰う。氏子が神様まかせなら、神様が氏子まかせになると仰せられますからと、三代金光様は合楽にそういう御教えを以て下さってある。氏子が神様本位なら、神様が氏子本位になって下さると言うのである。
これはね言葉では大変容易い事ですけど、私どもが神様任せと言うて神様を中心に申し上る生活、そういう生活がです出来ると言う事がです、それこそ今、海山川と言われる様な信心修行が段々出来て来なければ出来る事じゃない。自分の都合の良か事だけは神様任せじゃけれども、一寸都合の悪いごとなったらもう自分中心、本位で事を運ぶじゃないか、そうじゃない、どこ迄もいうなら神様が中心、そういう心持ちにならせて頂く、出来なくても一家中の者が神様本位で行く以外ないばい、神様任せで行く外はないよと、例えば出来んでもその気になってしまう処から、それはなって終わんでもなったものとして、真の信者でなくとも真の信者になったとして、神様がおかげを下さる様になる。あれもこれも完璧とまで行かなければ、完璧のおかげと言う事じゃない、そういう信心に目指すと言うこと。しかも一家が全部そういう勢を揃えると言うこと。
緒方さんの場合を思うて見て、もうそれこそ神様の仰せ通りに立派な病院はできた、敷地も広々とおかげを頂いた、患者は次々とお差し向けのおかげを頂いた、けれどもそれを本当におかげと思うものは、緒方さんの奥さんだけなのである。先生やら此処まで送って見えますけど、仲々寄ろうとはなさらない、おかげと思ってないからです。ですからそれを本当のおかげと家族中の者が思える様になった時、足ろうたおかげと言うものが生まれて来る、だから真から神様のおかげと。
此方の道は、有り難い有り難いで開けた道だから、有り難いでは苦労はさせんと、此方の道は喜びで開けた道だから、喜びでは苦労はさせんとかと仰しゃられるが、場合では喜びでない時でも喜びで、まあそれは私どんでは分からん、分からんけれども神様の御都合として受けとる信心、おかげがのと、おかげに違いないと言う様な頂き方がです家族をあげて出来ると言う信心、そこに私は足ろうたおかげが頂かれる。私どもが目指すところはね、ただ今お金が足らんからお金だけ、いま健康でないから健康のおかげ、受けるだけでは本当のおかげではない。けどもそういうおかげも頂きながら、足ろうた信心に段々進ませて頂くという、おかげを頂かなければいけないと思います。
目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い、知ったおかげより知らぬおかげが多い、そこでいくら御礼を申し上げても、御礼を申し上げても足らんとはそのこと。知らない事に御礼申し上げていない、おかげと見えているのは氷山の一角だもの、けれどもそう言うて教えて下さるから、だからすべてをおかげと頂く稽古だ、まあおかげと言うて行こうと言うことなんです。それが有り難い有り難いで受けて行く事なんである。本当は有り難いかどうか分からん、それが凡夫です。それが段々重なって行く内にです、本当にあれもおかげであった、これもおかげであったと言う事になる。いうならおかげばかりの中に住まわせて頂く事になる、そこに足ろうたおかげと言うのがある。あれもおかげである、之もおかげであると思わして頂ける中にあるのですから、すべてが足ろうて来た、そういう足ろたおかげ、それにはどうでも私達がですね、海山川の種々のものが神様の前に、お供えが出来るような信心にならなければいけません。
海の信心が出来るけど山の信心が出来ん、山の信心は出来ても川の信心が出来んと言った様な事でなく、海山川の種々の信心が言わば神様の前にお供えが出来る、そこへ今度は神様は私どもに海山川の種々の足ろうたおかげを下さる事が出来る。そういう事ではなかったろうかと私は思うた。人偏に主と言う字、氏子を中心にしておかげを下さるには、今日私が申しました内容のところを頂かして貰うて、神様が氏子任せになって下さるおかげが受けられる様に思うのです。 どうぞ。